過去はネリケシのようにナンパと混ざり、気持ちはロケット鉛筆のようだ

帰宅ラッシュが少し落ち着いた木曜日の夜の山手線。いつもと変わらない車内で、俺って何でナンパしてるんだろうってツイッターを見ながら考えてた。
そして、いきなり過去は蘇った!

物心ついた頃から、俺は好きな人を一人に絞ることができなかったんだった!

ほんとにいきなり思い出したもんだから、自分で自分の忘れていた性質に仰天した。マスクの下で「ふへw」みたいな顔をしてしまったが、目の前のサラリーマンはスマホのパズルを消すのに必死だった。

小学校の初恋も、中学の小さなモテキも、高校で周囲に馴染めずに恋愛砂漠に迷い込んだ時も、大学で恋人がいた時も、常に一人に選べずにいた。正直ゾっとした。真っ白なブリーフに何の疑問も抱いていなかった小学生の俺は、本当に愛する人を一人に絞りたいのに、Aちゃんは可愛くて天然なところが好きで、Bちゃんはスラっとしてて元気なところが好きで、Cちゃんはツンとしてるけどたまに優しいのがいいな~とか、ロケット鉛筆を何度も何度も下から上に詰めなおして悩んでいた。いい匂いのするネリケシをくねくねくねくねしながら思い悩んでいた。
俺の恋愛観って間違ってんのか?マジでこんなにいろんな魅力の女の子たちが沢山いる世界で、何を根拠に一人に絞るってんだよ、それこそ大嘘じゃねーか!と思っていた。社会の常識や道徳が刷り込まれる前の俺なんだから、これは間違いない性質である。

 

 


高3の秋、徐々に迫り来る受験のプレッシャー。積まれた赤本とセンター過去問集といった、クソほど分厚い人生のタウンページみたいなものが、どっかりと机を占拠し、気持ちばかりが沈み込んでいた。そんな受験戦争のさなか、それに呼応するかのように増え続けるオナニーの回数。尋常じゃないティッシュの消費量におかんは「あんた何にそんなティッシュ使ってんの!資源がもったいないやないの!」と本当は金銭的な怒りをエコロジカルな思想に変換して武装。勉強しなさい勉強しなさいと、下手な北朝鮮からのプロパガンダ放送が流れるような日々だった。逆に勉強する気はまったく失せていった。
当時まだうちにはISDN回線しかなく(平成生まれの諸君にはわかるまい)、激遅のインターネット環境で、エロ動画どころかエロ画像すら見ることもままならなかったため、オナニーのオカズは200回位は見た吉沢明歩が表紙のエロ本と、学校のマイマドンナたちの実際のハプニングシーン及び妄想だった。


嗚呼、マイマドンナたち。


同じクラスで、三年生開始と同時にひと目で惚れた吹奏楽部の天然系Sちゃん。高1の時に廊下で目撃して以来クソ美人やないかと惚れた、ホントは率先してアホなネタばかりやるEちゃん、そして隣のクラスの子で、周囲からは超毒舌で口が悪く、史上最悪の性格ブスと言われていたアヒル口のKちゃんの三人だった。三人で巨人軍を倒せるほどのローテーション。俺は毎日三回ほどのオナニーに明け暮れた。でも本当はオナニーで妄想するだけじゃなくて付き合いたかった。そう、高校生って愛してるとか、好きとかってよりも付き合いたいっていいたがる。余談ですけど。


で、本気でどれだけ頑張っても一人に絞りきれず、誰に告白していいか本気で悩んだ。悩んでも何も変わらないのが現実というもので、かと言って向こうから告白してくるようなスペックでもない。それを夕暮れの公園で友達に相談すると、そんなことあるはずないやないか!好きな人が三人やなんてことあるかい!と名探偵コナン服部平次のような口調でジャングルジムの上から大声で否定された。そんな友達は胸毛のあるワキガだったので、ジャングルジムがとてもよく似合った。

そうしていつまでもウジウジ悩んでいると、Sちゃんは、元カレで学年ナンバー3のイケメンとよりを戻したくて最近荒れている、駅前で酒を飲んでいた、などというホントか嘘かわからない噂が流れた。しかも元カレが、Sちゃんのフ◯ラは最高なんだぜ!などと吹聴しているという噂も聞き、当時ピュアだった俺は幻滅と嫉妬、そして憎悪と言った感情に支配されるようになり、やがてSちゃんからは手を引いた。むしろ一ミリも手出ししてない。そしてフ◯ラの噂は五年後にSちゃん本人からの情報で嘘だったことがわかり(それも嘘だとかそういうのやめましょう)、酒はマジだったこともわかり、今や笑い話となっている。

Kちゃんはというと俺からしたら超ハイスペだった。真っ白の肌に、長い黒髪、美しい足のライン。黒目はガーネットみたいな深みがあって、時折みせるアヒル口、その口元には小さなワンポイントのほくろがあった。なんだろ、メッチャクチャ美人で、街で例えると歌舞伎町、六本木、竹ノ塚の中なら、銀座なエロさだった。間違いなく学年ナンバーワン。
しかしあまりの毒舌っぷりから、言い負かされた、泣きそうになった、カーテンの裏で泣いたという男友達が後を絶たず、めっちゃくちゃ美人なのに男が周りに近寄らないという、ベタな学園モノアニメみたいなキャラ設定の女の子だった。そう、化物語の戦場ヶ原ひたぎみたいな(最近の理想の女の子)。
俺はしかしそんなことは喋ってみるまでわからねえじゃねーか、お前らあの子の何を知ってんだよ!と、何も知らないことを最強の武器に変え、あの子はきっとちゃんと話せばいい子なんだ、あのアヒル口のフ◯ラは最高なんだぜ!アヒルだぜ!ピータンだぜ!とまるで周囲に耳を貸さなかった。だが多分にもれず勇気がなかった俺は告白どころか一言も喋らずに卒業を迎え、なんなら今に至る。二年ほど前に結婚したらしい、そんな話を誰かから聞いた。写メを見せてもらった。思い出は思い出が一番美しいんだと、アラサーになった同級生の女の子を見ると正直思う。

さて、残るはEちゃんだが、結局卒業してから上京する前にEちゃんに告白した。なぜ告白したかと言われれば、最も確率が高かったから。高3の期末で数学で9点を取った俺でもわかるほどに、これはデータに裏付けされた結果だった。日常での完璧なIOIと、周囲が羨むほど息のあったノリツッコミ、そしてクラスで付き合うとしたらオズくん、ととある情報筋の女スパイからの裏取りを済ませた俺は、東京へ向かう三日前、颯爽と告白して颯爽とフラれた。振った本人以外全員が度肝を抜かれ、俺は夜行バスに傷心して乗り込んだっけ。結局その子は優しそうな人と結婚した。子どももいる。たまには遊びたいな〜とか言っている…。

 


気が付くと山手線が目的の駅についた。人々がどっと降りていく。慌てて僕も降りる。ふと隣にスタイルのいいOLがいた。綺麗だな、そう思っては階段を降り、キセクが待つ改札へと急いだ。
なんでナンパしてるんだろうかとか、それに対する答えは出なかった。女の子が好きということは分かった。