オズ、はじまりの戦い 〜ナンパで泣いた男の話〜 その4 完結編

モモ子は僕の目をじっと見つめていた。私はここにいるよ、と青山テルマばりのリズムエンドブルースなアンニュイ目線だった。

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僕はキャベ子を諦めるかどうか考えながら、一度モモ子から目を逸らした。しかしながら、キャベ子にはもうどう考えても未来がなかった。画家がキャンバスに向かって一点透視法を使うような目線でもって僕の感情を退けていたからだ。大方の予想通り、キャベ子の隣にスラっとした爽やかイケメンが現れた。キャベ子はものごっついわかりやすい笑顔で彼を見つめ、彼と話しだした。なるほど、キャベ子、フォーエバー。

そうと決まれば話は早い、僕はモモ子にロックオン。山梨県民の誇りをかけてこのモモを収穫してやる!(僕はその瞬間だけ山梨県民になった)僕はまだギャラクティックバーストモードだったのだ!
キャベ子から少し離れ、僕はモモ子と話した。正直何を話したか全然覚えていない。そして時間は午前3時半、僕はモモ子に連れだし打診をした。

「よし、もう疲れたから出よう」

「出てどうするの」

「どっかで休もう」

「え〜…」

はい、久しぶりにこれ言わせてもらいます、「ノー以外はすべてイエス!!」
というわけで15分ほどだろうか、モモ子と和んで外に連れ出そうとした。

「荷物は?」

「別々のロッカー」

話し早すぎる、持ち帰られる気満々じゃねーか笑。

「じゃいくぞ」

僕ははやる気持ちを抑えながら本日二度目のホテル確定をし、モモ子の手を引いてクラブを出ようとした。熱気に溢れたフロアを抜け、男女がたむろするバーカン前を通り、外からの冷気が入り込むドアが近づく。ああ、栄光のゴール、戦場を去るウィニングラン。あれ、さっきからクラブミュージックがAviciiのYou Make Meじゃない?もしくはクイーンのWe Are The Championsじゃないか?いやもうこれは威風堂々や!マジェスティック!紙吹雪よ舞い散れ、群衆よありがとう、国旗ががはためく、祝砲がなり空には七色に筋雲を作る戦闘機、さぁ終わった、これがナンパの勝利なのさ、勝利の女神はこの俺にほほえんd…その時だった。

「あたしやっぱいかな〜い」

「・・・え?」

「い か な い の!」

「・・・は?」

ちょっとなにいってるかわかんないす。
的な状態になった僕は強引にモモ子の手を引いて、いこうぜ、といった。しかしモモ子は言った。

「オズくん、キャベ子にも番号聞いたよね、私そういうの嫌」

ここでそういうこと言い出しますかあなた!てか青山テルマ目線ビーム送ったのあなたでしょ!私何も筋違いなことしてへんがな!とか思いながらも、僕は笑いながら返した。

「あ〜わかった、じゃキャベ子の番号は消すね。そうしたらいいでしょ?」

モモ子は少し不満気な表情をしながらも縦に頷いた。僕はモモ子の前でキャベ子の番号を消した。そしてモモ子はいった。

「やっぱいかない」

…どやさ!DO-YA-SA!
天地がひっくり返るかと思った。モモ子は南極奥地から運んできた氷のような冷静さと、屈強な一枚岩のような意志でもって連れだしを拒否した。フローズン・エアーズロック・グダだった。
栄光の扉までその距離、1.5メートルだった。

その後もグダを聞き、それを崩そうと踏ん張った。が、僕は途中でその状況に辟易してきた。なんでセ_クスするためにこんな論理戦しているのか、こんな説得してこの後のセ_クスが楽しいのか?などと思えてきてどうでも良くなってきた。失礼を承知で言えば、もしかしたらモモ子がスト値5じゃなく、7とか8ならもう少し頑張ったかもしれない、でもアホらしくなった。そして諦めて放流した。フローズン・エアーズロック・グダの前に僕はUターンした。

気が付くと僕の酔いは覚め、凄腕から頂いたギャラクティックパワーも失っていた。超魔界村の全裸状態だった。ギャラクティックバーストは所詮僕には負荷状態のかりそめパワーだったのかもしれなかった。でも僕はまだ諦めなかった。時計を見ると四時。クラブが終わるまで後1時間。諦めなければまだ何かが起こる!今日結果を出さないと親友やナンパ仲間に示しがつかない。

いくぞ!

僕はお得意のマリブコークをイッキし、再びフロアという戦場に戻った。こうなったらこのクラブに居る女の子全員に声を掛けてやる、絨毯爆撃作戦だった。それはもう片っ端から声を掛けた。キャべ子がいようとモモ子がいようと関係ない、俺を選ばなかったことを後悔させてやる。
しかしイマイチ反応が良くない。それにソロ案件がいない。徐々に焦り、不安になる気持ちを紛らわせにフロアのDJブース近くで踊った。沢北さんとも再会。そして四時半。
ブース前には愉快に踊る細めの女の子=セロリみたいな雰囲気のセロ子と、その友達で背は低めで愛嬌のあるトマトみたいなトマ子がいた。僕はすぐさま沢北さんと散開しコンビナンパを敢行。僕はセロ子を担当、沢北さんはトマ子を担当した。
お互いにいい感じになごむ。諦めなかった僕に、再び勝機が来ていたのがわかった。それぞれ和んでダンスも楽しみ、フロアが明転、五時になった。なんとなく沢北ペアと離れ、僕はセロ子とクラブを出た。
セロ子に休みに行こうと打診、セロ子は「うにゃうにゃ」みたいな感じでどっちつかずなので、おなじみのイエスと見てタクシーをつかまえにいった。栄光のタクシードアがすぐそこに!3度目の正直!待ってろよヴィーナス!すぐにお前の星までいってやるからよ!
今度こそ終わったと思い、セロ子の手を引き道路側へ引き寄せた。その時だった。

「やっぱいかない」

コピペかと思った。
あきらめないあきらめない、もうあきらめない、これは形式だ、などと自分に言い聞かせて説得する。さっきまで良い表情だったのになぜだ。僕は考えに考えて1秒でこういった。

「生理?」

「うん」

その後もいわゆるリーセグダを破壊しようと説得を続けるも、女の子の気持ちが離れていくのがわかった。引き寄せれば引き寄せるほどに。虹をつかむような行為だった。そして沢北ペアと遭遇。

「あ、トマ子〜。じゃ帰るね」

離れていくセロ子とトマ子の背中…。僕は飼い主を失った忠犬のように道に立ち尽くした。

時間は午前6時前だった。

その後沢北さんは帰宅。キャベ子とモモ子達ともすれ違った。彼女らは僕を見ていた。どんな気持ちかは知らない。知りたくもなかった。なんだかどうでも良くなってきた。僕は無心になりだした。もはやセ_クスがしたいのかわからなかった。でも結果が欲しかった、僕は自分がナンパが出来ると思っていた。本気になれば出来ると。
僕は昨日の19時位から立ちっぱなしでふらつき気味の脚で、まだ営業しているクラブに向かった。すがるような気持ちだった。コートを着たまま中に入る。どうにか力を振り絞ってテンションを合わせて30歳くらいのOLに声を掛けた。意外と反応がよく和みだせた。しかしその友人に邪魔された。もう挽回する気力もテンションも体力もなかった。僕は狭いクラブで踊り狂う人々を眺めた。みな楽しそうだった。なんのために生きてる?こんな所で。何がそんなにたのしいんだ。余計なお世話だろうけどさ。一人コートを着たままの僕はなんなのさ。

クラブを後にした。外はもう青白かった。どこからともなく流れてくるエスニックなスパイスのケバブの臭い、片言でマッサージを薦めるダウンジャケットを着たどこかのアジア人女性。爆笑しながら通り過ぎる化粧の崩れた妖怪のような女達、ハイエナのような目つきの浅黒い男たち。僕はもう空腹と絶望でふらふらだった。

気が付くとラーメンの匂いに誘われ日高屋に入っていた。
店には店員2人と、3組ほどの夜遊びを終えた客たち、そしてカウンターに一人で座る僕がいた。とんこつラーメンを注文した。
ラーメンを待つ間考えていた。この数日は何だったのか、体力も金も時間も使った。そして残ったものは何だ?
…なにもないじゃないか。俺はナンパができなかった。下手くそで技術もなく、イケメンでもなく、好かれもせず、誰からも愛されなかった。少しでも誰かと繋がりたくてナンパしたのに誰にもつながれない虚しさが残って、自分は出来るんだって確信を得るためにナンパしたのに、ただただ無力感だけが残った。なんのために親友に断りを入れてまでここでこうしているんだ。
悔しすぎて、テーブルに俯くことしかできない。

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熱々のとんこつラーメンが運ばれてきた。ウマそうだった。一口すする。空腹にラーメンはほんとうに旨い。一口目、二口目…三口と運んで思った。この麺、まずいな。スープ、合成された化学調味料じゃん。なんだこれ、何だこのニセモノは。安くて食えりゃなんでもいいのかよ。腹に入れば満足なのかよ。だれでも作れる、どこにでもありそうなしょうもないラーメン。社員はうまいとかほんとうに思ってんのか?個性やプライドもねーのかよ。
完全な八つ当たりなのはわかっていた。でも、何もかもが許せなかった。プライド、自信、個性、自分にはそれがあって、なんでもやれば出来ると思って生きてきた。こんなB級ラーメンとは違うと思っていた。でも、でも、僕はB級にもなれない、形すらない、ただの見せかけの人間だったのだ。自分の魅力のなさに吐気がし、ビニール袋を被せられたように息苦しくなった。いっそ窒息して死んでしまいたかった。孤独だった。

そしてありのままの思いをツイートした。もう恥は無かった。全て失った。

…しばらく僕は日高屋の壁を、喉元から食いちぎられた鹿の死体のような目で見ていた。すると僕のツイートに励ましのリプライをくれた方がいた。こんなカスみたいな何でもない男を励ましてくれる人が。ナンパが仮にも女を騙すカスみたいな行為だと思っている方もいるだろう。もちろんそういう考えもやり方も、そしてそれとは全く違うナンパも山ほどある。にしてもカスにもなれなかったカス以下の自分を見ていてくれる人がいるなんて。機動戦士ガンダムで、アムロがシャアとの戦いを終えてみんなのところに戻って行く時に感じたテレパシーのように、僕は嬉しかった。誰かの呼ぶ声。呼ぶ声がする。こんなに嬉しいことはない、そう思った。誰かが見ていてくれる喜び。僕は孤独なようで、孤独ではないかもしれない。

気が付くと目からは小さな涙が落ちていた。自分でも嘘かと思った。涙は頬をつたい唇に触れた。口の中にしょっぱさが入り込んでくる。俺がナンパで泣くなんて嘘だろ。たかだか…ナンパ…なのに…。周りの客は僕のことを気にすることもなく、店の窓からは朝日が指しているのが見えた。殆どの人にとってはいつもと変わらない日常がそこにはあった。
2013年12月30日、六本木、午前7時過ぎの事だった。

 

 

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ナンパで人とのつながりが、自分の存在意義が欲しかった。そしてつながれなかった。体では。証明できなかった、ナンパでは。
でも僕は最期に再び人とのつながりを感じた気がする。

この数日一緒にナンパしてくれた人、応援してくれた人、励ましてくれた人、そして人生のほんの一端だけど、僕の話を聞いてくれたすべての女性。ナンパはキレイ事じゃない。じゃないし、結局ドロドロした中に人は生きている。だから、その中でもがいて、これからもなにかを、自分を探していくしかない。ナンパは毒にも薬にもなる、得体のしれないもの。

でも僕にとっては、ナンパで泣いた日が、きっと、弱さを見つけた僕の再スタートだったのかもしれない。