出会い系の罪と罰と、罠。その4

「出会い系の罪と罰と、罠。その3」からの続きです。

 

午前11時、携帯のアラーム音で目を覚ました。
体が重くてだるい。それもそのはず、眠りについてまだ三時間しか経っていなかった。ふと隣を見ると、出会ってから16時間の女の子が、惜しげも無く、裸で僕に寄り添っていた。

結局、彼女との、夏のドッキリネタばらし大会は朝八時頃まで続いた。
LHは窓が全て覆われていて、時間感覚を失わせる。一年で最も夜の短い6月にして、僕らの夜は長かった。いや、相対性の感覚で言えば一瞬だったのだが。

けれど夜が明けても、彼女と僕の心の闇まで晴れるほど、時間はやさしくはないのだった。

彼女はどうやら眠れずにずっと起きていたようだ。元々夜も寝れなくなるらしく、その原因の一つは、やはりこの出会い系をやっている自分への罪意識の増幅らしかった。寝ようとすると、自分のしていることと倫理観が戦いだし、ぐわんぐわんしてくるそうだ。それが罰なのだろうか。それが安易な瞬間的快楽がもたらす罠だったんだろうか。
だから彼女は出会い系にハマってしまっている自分をどうにかしたがっていた。中毒なのは自覚していた。でもそれをどうするこ ともできずに、ただ刺激の虜になっているのだった。薬物やタバコや糖分なら、原因になる物質があり、対処のしようもある。が、ナンパや出会い系はどこに起因してそれを繰り返しているか、それが人によって違うし、複合的だし、いくら他人に原因を指摘され、それらしい言葉で咎められても、易易とやめられるものではないのだった。


健全な魂は健全な肉体に宿る。僕らはりんごを食べ、楽園から追放されて久しい…。

 


彼女は起き抜けの僕に甘えてきた。なんとなくわかる、最後にセ_クスがしたいのだろうなと。
しかし僕は浜辺に打ち揚げられた鯨みたいにベッドから動けず、セ_クスへの誘惑の呼び水は僕を再び泳がせることは無かった。
肉体的にはともかく、精神的に僕を灼熱の鍋で調理し、茹で上げ、干からびさせたのは他ならぬ彼女(カーツ大佐)自身だ。
そんな丘に揚がった鯨の様子を察してか、彼女はすっと身を引き、あっさりと身支度を始めた。僕も鯨からどうにか足を生やしてのっそり準備を始めた。
ここで改めて自己紹介しておこう。どうも、僕は足の生えた鯨の"ぷあ"です。明け方にPUAから"ぷあ"になりました。



12時、じわじわと照りつける初夏の日差しの下、僕らはLHを後にした。
自動ドアが開くと、まぶしさに目が開かない、光がオーバードーズしていた。徐々に露出の合った僕の瞳には、夜の姿とは全く変わった、平和で平凡な日常の街がそこには広がっていた。

ここはどこだ?

 

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Photo by Skley


まるで竜宮城から帰ってきた浦島太郎のように、その光景に翻弄された。いや、竜宮城という楽園は途中から戦場だったわけだけど。もしかすると楽園と戦場は紙一重なのかもしれない。どちらも倫理や法や日常を超えた所にあって、精神を麻痺させていくのだから。当然だが人はみな楽園に憧れる。しかし逆に、戦場に戻りたがる人もいるようだ。映画「ハート・ロッカー」で、任務明けの主人公が再びイラクへ還ったように。日常に満足できなくなった僕達もまた…。
商店街には子ども連れの夫婦、荷車を押す老婆、高校生の集団。僕らに関係のない人たちが、僕らに関係のない世界を生きているように見えれば見えるほど、僕たちは辛くなるのだった。
もう僕は、何気なく彼女の手を握ることもできるし、肩を抱くこともできる、花柄のふわっとしたスカートの上からお尻をやらしく撫でることもできる。でもそうしない、今はそこに意味がなくなったから…。

「おなか空いたな」僕は商店街にどこからともなく漂うダシの香りを嗅いで、つぶやいた。

「じゃ、なんか食べようよ」彼女は思いのほか威勢よく答えた。

ふと、脇道に某チェーン店の讃岐系のうどん屋が見えた。

「うどんで、どう?」

「いいね!」

「じゃ、最後は奢ってもらおうか!」僕はそう言って店に入った。

…最後…。

出会って初めて彼女に奢ってもらった。手練れの彼女はおそらくデートではほとんど男に払わせていたんだろう、昨日からそんな振舞いだった。僕は普段なら隙を見て女性にも払ってもらうが、彼女は本当に面白かったから、気にしなかった。しかし普段彼女は、気の弱い男を捕まえて、可愛さを武器にして奢ってもらっているんだろう。そんな彼女へ、PUAとして僕のささやかな抵抗だった。言っても大学生だし、僕が大人げないけれど。

席につき「いただきます」とうどんをすする。昨日の夕飯のレストランと同じ対面の座り位置。ふと目が合う。彼女が一瞬静止して言う。

「え、なに?」

「や、なんでも。…それおいしい?」

「うん、おいしいよ」

そういうとズルズルとうどんを食べだす彼女。黙々と食べている。目の前のうどんしか見ていない。
おそらく、彼女はもう、なにひとつ演じていなかった。可愛げをワザと出すことも、おしとやかにすることも、僕の様子を変に窺うこともなく。
だが僕にとってはそれがとても美しく、自然体の彼女が愛おしく思えた。舞台の上で役を演じている女優も美しいかもしれないが、カーテンコールが終わった後の、肩の荷が下りた女優の姿も、きっと違った魅力があるように。そう思うと僕は自然と頬が緩んだ。

「え、なに、ニヤついて」

そんな僕を見て彼女が言った。少しだけ微笑んで…。空腹が、満たされていった。




店を出て、まだ13時。二人に予定はなかった。どうしよっかと言いながら、横断歩道の先の駅を見る。

「…少し散歩しよっか」

「うん」

自然と僕らは意志疎通していた。まだ、最後の時は先延ばしのようだ。
そして散歩がてら昨日の大きな公園に行くことにした。
彼女は出会い系で会った男と、LHで一晩過ごした後、更に昼ごはんを食べ、もう少しデートの延長戦をするのは初めてらしかった。それがすこし、僕には嬉しかった。

ゆらゆらと歩く僕ら。
コ ンビニでそれぞれアイスを買った。それを歩きながら食べた。彼女は僕のチョイスしたアイスを「まずそ~」とか言いながら一口食べて、「やっぱりマズイじゃ ん!」と言い放つ。僕も食べるのが遅い彼女の融けかかったアイスを一口食べ、「早く食べろよ」と急かす。前から歩いてきたカップルが、僕らのその光景を見 て、すれ違った後に「アイス食べたい!」と言っていた。僕らは出会って18時間で仕上がった即席の恋人だった。他愛もない会話、気を使わない態度、 探り合わない視線。素直な反応、複雑な気持ち。
彼女が言う。

「いろいろスッキリしたし、これはこれで楽しいかもね。付き合えない…のがむかつくけど」

「おまえが言うなよ!」

「おまえも言うなよ!!」

僕らは笑った。

なぜなら僕らは擦れている。穴が開いている。
でも、だからこそ穴が開いた人の気持ちがわかる。やらしくお尻を触れることに意味は失ったが、彼女の欺瞞のない心に触れられていることに、今は大きな意味があった。



公園に着き、ベンチに座った。あの、心理戦の舞台だったルーティン応酬ベンチに。
でも、もちろん今日はお互いになんのルーティンもない。ショットガンもRPG-7もいらない。本当の全裸、丸腰だ。
今日も風が気持ちよかった。特に何をするでもない時間。
ふと彼女は言った。

「私ね、帰りの電車が一番イヤなんだ。電車に乗ってると何してんだろって思うの。だんだん寂しくなって、情けなくなって、後悔ばかりするの。電車で一人で帰る時が一番イヤ…。
でね、そんな感じで家に着いてさ、部屋に帰ってため息ついて、カバンを置いてベッドに横になって、さっきまでのは何だったんだろって思うの。シーンとした部屋でさ。
でもね、そのうち携帯が鳴って、出会い系の他の男からメッセージが来てさ、あ、返さなきゃってなって、返していくうちに、だんだんその時の気持ちが薄らいでくの。メッセージのやり取りとか駆け引きに楽しくなって、また同じ事を繰り返してるんだ。
やんなっちゃうよね…」

女の子側のこんな思いを聞くのは初めてだった。
驚いた。
僕も、いつも同じ思いだったから。

みんな同じように甘い蜜に誘われて出会い系を始め、やがて嘘や欺瞞で罪を作り、その蜜の奥にある苦い罰を味わい、相手の罠にハマり、相手を罠にハメる。
多分みんなわかってはいるけど、僕と彼女のようにその罠を解剖して、中の臓器まで取り出すことはあまりないかもしれない。女性器や男性器よりも生々しくて、はらわたのように苦い部分。

「もう、きっぱりやめたい」

彼女ははっきりとした声でそういった。
彼女は柔らかい外見と打って変わって、大きな将来の夢があって、意志が強い子だった。
決して男に流されてセ_クスしたこともなく、自己の現実を自己で規定して、俯瞰して見ていた。
なにより魅力的だし、この苦い経験の上で、もはや馬鹿な男に捕まることもないだろう。
強かさを生かしてバリバリ仕事をするだろう。
時に女の武器を使うことも厭わないだろう。
利用されることなく、主体的に人生を歩みそうだ。
なんとなくだけど、僕は彼女がもうすぐ、出会い系をやめられるような気がした。

 



なんせ彼女は俺よりはるかに凄腕の、PUAなのだから。






おわり



その5(解説・反省編)へ続く…。