関東VS関西・24時間ナンパ対決① 〜空転する前夜〜

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五月三日  午前4時  大阪 某ホテル
 
僕とS子は、いつまで経っても蒸発しない汗だくの体を、ピタっと寄せ合っていた。ビジネスホテルにありがちな、通気性が最悪なてろてろの安っぽい掛け布団とシーツの中で。
 
京都から遊びに来たというS子は、隠すべき理由もなくなった小さめの乳房をあらわにして、眠っている。
 
しかし僕は、S子とは裏腹に、全く眠ることができなかった。自分でも訳のわからないほどに脳がフル回転して興奮していた。頭のなかはまるで轟音でアイドリングするF1のようだった。
夕刻に東京から来て、そのまま関西関東九州ナンパ師飲み会で酒を飲み、騒ぎ、更に居酒屋でも酒を飲み、騒ぎ、クラブでも踊り、S子とも激しく求めあったにも関わらず。
僕の目はバッチバチに冴えていた。まるで危ないドラッグをキメた人のように目を見開き(実際映画でしかそんなものは見たことがないが)、高揚さえしていた。
これは明らかな対決への気合とプレッシャーだった。まともにストリートナンパなど半年以上もしていないショボ腕の僕が、せめて関東チームの足を引っ張らないように。そして対戦相手のマニーさんは1ヶ月で14即というのを聞いて、ますます気持ちだけが競っていた。
考えるだけで鼓動が早くなり、まるでセンター試験前夜の気分だった。なにをしても不安が頭をよぎる。自信ありげに「4即くらい出来るでしょ」と関東チームに豪語しても、女の子を前に道に立ちすくんでしまう自分や、何事もなく朝になってクラブを出るようなことが頭を駆け巡り、不安をテンションでごまかすしかない、言いようのない圧迫感があった。
そんな中で、明日に向けての前夜祭で、運が良かったとはいえ、クラブに入ってからものの30分ほどで連れ出し、即をした。勢いが少しだけ確かなものになった。
 
 
 
五月三日  午前1時  某クラブ(3時間前)
 
初めて入る箱。一緒に入ったきゃりーさんとカウパーさんに丁寧に中を案内してもらった。
人見知りまっしぐらの僕は、言い知れぬ不安を覚えた。そしてこんな時は…踊るしかなかった。ぽんさんととりあえず踊って、酒を飲んだ。
ふとバーカン近くで一人、つまらなそうにスマホをいじるS子をみて、私は貝になりたいばりの僕は、ようやく関西でのひと声かけ目を発した。
 
「めっちゃ…つまんなそうやん」
 
「友達先帰ってしまって、朝までいよかなって」
 
「暇人か」
 
「だって…」
 
「俺と飲む?踊る?」
 
「飲んで踊る!」
 
S子はバーカンで有無言わず自分のドリチケを出した。
 
「奢ってほしーわけちゃうから」
 
僕はそんなS子を一発で気に入った。
僕は僕の基準でいいと思った子には奢る。奢って欲しいだけの女には絶対に奢らない。別にこれは金の問題じゃない。くだらないけど、自分なりの美学の問題なのだ。
その後、僕はS子と踊った。ちなみに大阪のDJ(MC)はよくしゃべる。最初はかなり違和感があるが、慣れると一体感を出してくれるという意味では悪くはないと思った。15分ほどして曲がEDMからHipHopに変わる。
 
「あー、私こういうのわからん、あんまノれへん」
 
「俺もよう知らんわ笑」
 
「どーする?オズくん、飲む?」
 
そんなS子に僕は正直に言った。
 
「俺東京から来て、このクラブ初めてなんやけど、どこがイチャつけるスポットなん?」
 
「え?向こうの方やで」
 
「ほなそこ行こか」
 
「いいよ」
 
決まり手だった。
その五分後、僕らはクラブを出た。
 
関西で初めての即。
実を言うと、ちょうど一年前のゴールデンウイークにも、縁あって関西でナンパをした。が、その時は結局何も結果がでなかった。
久しぶりに再会した関西勢からは、「あの童貞のようだったオズさんが…」などと言われる始末だった。まぁそれで良くも悪くも変わった自分を再認識することになった。
 
そんなことを知る由もなく、京都から来たS子はチカラを使い果たしてウトウトしながら、時折寝ぼけては僕にキスをせがみ、僕はそれを、貴腐ワインのような甘い食後酒のごとく嗜んだ。首筋から揮発するほのかな香水の香りと共に…。
 
 
 
 
 
 
ラインの着信音がして目が覚めた。気がつくと僕も少しだけ眠っていたらしく、時間は5時半だった。部屋の主、arataくんからメッセージが来ていた。
 
「部屋空く?」
 
arataくんは別室で寝ていたが、事情によって自室に戻りたいようだった。
僕は思い出したようにS子をゆり起こした。
 
「ごめん、実はこの部屋、友達も一緒で、悪いけど今から帰ってきちゃうんだ」
 
「え?そーやったんや!ごめんな!始発も出てるから、ほな帰るな」
 
するすると優しい京都弁で話しながら、S子は支度を始めた。
黒い下着をつけるS子。朝のぼんやりした光の中で、その肩から背中、くびれたウエストに小さなお尻を見て、心底、女は美しいと思った。触れずにはいられない得体のしれない吸引力。男はどこまで行っても女のその「何か」に誘われ、惑わされ、どれだけカッコつけてみても、まるでイカロスの翼の、太陽とロウの関係のように溶かされるしかないのかもしれない。
そんなことを考えながら、僕は後ろからS子の首筋を甘く噛んだ。重い生クリームのようなセクシュアルな質感が、歯の先からでも感じ取れるようだった。
出会ってすぐさまセックスをした。それでも僕は出会った相手と生まれた、少しでも繋がった何かを噛み締めたいと思ったのかもしれない。身勝手で寂しがりな、人のサガである。
 
支度のできたS子と部屋を出た。ホテルの廊下を進むと別の部屋からは、男たちの笑う声と、女の子のはしゃぐ声がした。
 
そう、勿論その部屋は関東ナンパ師チームの一室に違いなかった。改めてここが今回の鬼畜な主戦場だと思い知らされる。一体あの部屋では何が起きているのだろうか?
そしてエレベーターホールにつくとその部屋からは関東チームのバロンさんがちょうど出てきた。
 
「あっ」
 
思わず笑い合う僕とバロンさん。
S子が不思議そうに訊ねる。
 
「え、お友達?」
 
「…の一人だよ」
 
僕は言う。
そしてバロンさんは意味ありげな笑みを浮かべるとどこかへ消えていった。
 
S子を下まで見送った。
 
「オズくん、ありがとう。東京行くことあったらまた連絡するね!」
 
「うん、ありがとう、じゃ…気をつけて」
 
そうしてS子は帰っていった。
S子と出会って四時間の出来事だった。
 
僕は前夜祭で確かな1即を残した。
 
そしてS子の顔はもう覚えていない。
 
身体が、脳みそが燃えているのを感じた。
 
関東VS関西・24時間ナンパ対決、本当の始まりは六時間後に迫っていた。
 
 
 
 
つづく。
 
 
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