目の前で価値観も道徳も串刺しにして、初めてナンパを教えた日。〜その4〜

タクシーから降り立つ。

新宿歌舞伎町の朝7時。

もはや景色は朝そのものだった。

 

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歌舞伎町は夜の喧騒から排泄された汚物や腐臭で空気はブレードランナーで描かれた世界のように淀んでいた。
そこを行き交う飲み帰りの人や、スカウト、ホスト、キャバ嬢、そして僕らのような訳の分からない輩が、朝の陽射しに死の宣告をされながら、その人としての輝きのようなものを蒸発させてゆくようだった。
さっそくドンキ前でホスト遊び帰りらしい、肌を下品なほどに露出させたギャル二人組を見つけ、目にクマをつくった哀れな友達の背中を押した。

「いってこい」

「え、あれ?」

「じゃ俺がいく。」

躊躇などない。六本木からわざわざここまで来て時間の無駄は百も承知だ。だからこそ少ないチャンスを活かす。常人がどう考えたってバカなことをしているのは自覚している。

もとい、僕からすれば、大して仕事や彼女が好きでもなく、特に目的もなく生きている人の人生は、こんなことの繰り返しで出来ていると思っているが。

さぁロスタイムのスタートだ。

さっとギャル二人の前に回りこむと、「おはよう!」と勢い良く声を掛けた。
そして彼女らの顔をのぞき込むと、そこにはクレンジングオイルでメイクを落としかけたピエロのような顔の、十年選手の案山子がいたのだった。僕は側溝から立ち込めるヘドロの溜まった独特の臭いを、鼻いっぱいに吸い込むと、吐き気をもよおしながら、まくし立てるように話し続けた。

友達に立ち回りを指示しながら、この下品な案山子とセックスすることが、もう罰ゲームのように思われた。仮に連れ出しても一緒に話したいことなどあるだろうか?
彼女らの「アナ」意外に彼女らに求めるものは一切無いような気がした。
友達は楽しそうに、且つ顔をひきつらせながら、頭の上で言葉を探しているようだった。舞台でセリフが出てこなくなって追い詰められた俳優のようだった。
僕らは二人して彼女たちを「拒否」しながらも「誘惑」するという、午前3時の居酒屋店員のような振る舞いをしていた。いらっしゃいませ〜の声にウェルカムな気持ちが一ミリもない、そんな。


帰るよ、帰る、という彼女ら。そしてそれを引き止めることもおざなりにして、一瞬で赤の他人のように振る舞って僕らはそこを立ち去った。最後に「ありがとう」とでも言えってか、声を掛けておいてなんという態度だ、そう言われてもしかたがないほどに、僕は僕の「拒否」をぶつけていたのだった。これは彼女らに対する苛立ちだけではなかった。自分の現状の生き方に対する拒否、そんなに興味のない対象に、友達をナンパさせたいがために声を掛けなければいけないという、自己矛盾に対する拒否だったかもしれない。

ナンパに訓練は必要だが、それがまるでボーリングを練習するようにできないのは、やはり相手が血の通った人間で、道具ではないからだ。相手の女には誰か母親から生まれた人生があり、少なからずそれを見守る誰かが常にいて、その子に幸せになってほしいと願う家族がいるのだ。

それでも相手を実験材料にしてナンパは磨かれていくのだ。自己中心的にならざるを得ないこの行為で誰かを傷つけても、それにいちいちかまっていられないのだ。
だけど無視される、ただ思い通りにならないという幼児的なストレスを、彼女らにぶつけて、僕らは去った。



友達の目は徐々に光を失っていった。だがそれと同時に僕の言うことに従順になっていった。疲労と僕からのプレッシャーで彼は容易に洗脳できるような、ある種のトランス状態にあった。大脳新皮質の思考能力や判断力がチカラを失い、裸のメンタルが、ズルリと露出していた。



今度は一人で歩いているミニスカートの女がいた。格好がエロいか、ある程度の顔ですぐ落とせそうか、これは経験値稼ぎでも何でもない。雑魚を探してぶちのめす、そんなクソッタレゲームだ。

今度は一人で行かせる。波に揺れる利尻昆布みたいな足取りで友達は女に絡みついていく。声掛けは柔らかく、反応があれば、距離は徐々に詰め、他愛もない話をしているようでなぜ声を掛けたのか、なぜ自分がここにいるのか、これからどうしたいのかを言えと伝えた。彼はその教えを守り、オープンした女に徐々に詰め寄った。しかし後ろを歩きながらその会話をよく聞くと全く笑えないトークと未来の見えない展開をしているのだった。
始まったナンパは邪魔しない。かと言って助けることもしなかった。
イケメンのクソしょうもない並行トークここに極まれり。などとにやけている自分にも、ナンパを始めて抜け落ちた魂の所在を求める声が、何処からかこだまするのだった。
そうして女と友達は何故か4ブロックほどの道を3周するという、謎のLAPを刻み、女は明らかに目的がないにもかかわらず、友達は女を放流したのだった。


7時45分。
20分に及ぶ並行トークが流れ、友達の気力は、遭難して最初に死ぬキャラクターのそれだった。僕自身も膝から下は泥に足を突っ込んだような重さで、呼吸は浅く、目はかすみ、アイデンティティが右に二十センチずれたような虚無感があった。
友達は言う。

「もう帰ろうや」

その一言が僕のやる気に火をつけると、なぜお前はわからないんだ。だからお前は…。

「八時まではやる、なんのためにここまで来た?」
「お前がナンパを教えてくれって言ったんだよな?」
「ナンパなめてんのか?」
「おい、きいてんのか」

僕は彼にまくし立てると、数少ない道を行き交う女に、ドンドン行かせた。
彼は必死に声をかける。必死に。愛想よく。疲れた自分をごまかして。
だが彼の姿は明らかにもう、即れる雰囲気ではなかった。
声や表情にチカラはなくなり、動作は鈍亀。トークは刺さらないしイメージもない。



そうして諦めかけていた矢先に、スラっとした脚を丸出しにしたショートパンツの女が歩いていた。後ろ姿だ。上着は分厚いコートというアンバランスな出で立ち。即系の匂いがした。スタイルはいい。
もはやこれで最後と、僕は自ら歩み出た。後ろ姿から前に回り込み、顔を覗きこんでみると、意外にもナチュラルなメイクをした普通の女の子がそこにはいた。

話しかけると反応がいい。朝まで友達とカフェにいたらしい。
そのまま帰らずに買い物したいからどうしようかと思っていたそうだ。僕は友達そっちのけで時間制限のルーティンや旅行者のルーティン、一人より三人のが楽しい、などと彼女を追い込み、カラオケに誘い出し、僕と友達と三人で「連れだし」のステージへ突入したのだった。





その5へ続く。