目の前で価値観も道徳も串刺しにして、初めてナンパを教えた日。〜その3〜

六本木。24時のウェンディーズ
まるで社会で何の役にも立たない、馬鹿な高校生のように、僕と友達は端っこの席を、我がモノ顔でのっとっていた。
立ち込めるポテトフライの油の匂いに、僕はふと我に返った。
場末のファーストフードで膨張したウシガエルのようにふんぞり返って、偉そうな姿勢でカッコつけてあがいてみても、それで生きる価値なんて見つかるはずもない。
逆に見えてくるのは、自分がそんな場所でふんぞり返るような、その程度の人間と知れるばかり。
そしてそれが客観的にわかってしまう程度には頭の働く、僕はホワイトカラーな、自己増殖型の自己嫌悪マスターだった。
娯楽や遊びを、それはそれと割り切って遊べればいい。
やりたくもない仕事を抱えて剣山の上に座っているような毎日に辟易してる人なら、きっとその娯楽はその人にとっての、生きる意味に違いないかもしれない。
でも残念ながら遊びや娯楽は、ただ一時の蜃気楼で、今の社会の頂上に立つ頭のいい大人たちが、バカに寄り道をさせて麻痺させようと、あの手この手で邪魔をしてくる、それはそれは甘い蜜なのだとも思う。
蜜壺に落ちた僕らは、とびっきりの甘さの中で知らぬ間に窒息し、やがて次に蜜壺に落ちてくる誰かのための蜜に同化して、壷の持ち主だけが笑うのかもしれない。それはまるで西遊記の金角と銀角の持つひょうたんのように…。

 

f:id:OZZ:20141117020704j:plain



ウェンディーズから出た僕らは、コンビニで買ったウォッカをコーラに混ぜながら一気に飲んだ。
僕は目が泳いでナイーブになっている友達の尻を蹴りあげ、午前一時、クラブへ向かった。
どぎまぎとする友達を尻目に、実は僕自身もわけのわからぬ緊張感に高揚していた。
すでにコンビニで買ったコーラとウォッカで酩酊していた僕らは、それでもまず乾杯をした。
そしてその乾杯から10秒後、絶対に自分からはナンパできないという友達を、通りすがりの女の子にけしかけた。もうこうなれば有無言わせぬ。
普段は鎖につながれた犬が、広い公園で突如鎖を外されて、飼い主に振り返って戸惑うような視線を友達が投げかけてきた。僕はもう地獄の門番のように、彼に冷たい視線を返した。
そこから先に何が待っていようとそれはお前が選んだ道なのだ、そう思った。
お前はお前を捨てるためにここにきたんだろう。

かわいい女の子にしか興味がないといういたいけな友達に、クラブにいる、ありとあらゆる女の子をナンパさせた。長身の美しい子、金髪でけばけばしい子、黒髪で大人しそうな子、さしてかわいくない子、ぽっちゃりした子、暇そうな子、踊り狂っている子、馬鹿そうな子、賢そうな子。

徐々にエンジンがかかってきた友達はしかし、まるで古いアメ車のように燃費の悪い声かけを繰り返した。テンションが不完全燃焼の排気ガスのように漏れ出す。見ていて痛々しいくらいの黒い煙が、友達の全身から溢れ出ているようだった。観察をしない、自分本意で面白くもないトーク。やり場の困った目線が宙ぶらりんになって、ゆあーんゆよーんと空中ブランコのようだ。


しかし友達は持ち前の器用さと、その顔面スペックによって、徐々にクリーンな排気を行うようになっていた。良くも悪くも友達は、クラブという場に馴染み、違和感なく溶け込んでいった。それはまるでハワイでアロハシャツを着てしまうマヌケヅラの観光客のように。僕は彼自身がクラブの外の世界で持っていた本来の魅力も、輝きも、オリジナリティも全て捨てさせようとした。僕はただ友達に、クラブでのナンパたる、それらしい何か演じさせるべく、模範させていた。
彼は徐々に自分の得意な物を掴みつつあった。特にその顔面スペックによるアドバンテージは非常に大きく、初戦のクラブナンパにしては、傍から見てもイージーゲームのように見えた。

だが無情にも時は過ぎ、クラブは終わってしまった。
僕は僕でクラブを楽しみ、コンビで彼を助けるようなこともほとんどなかった。

なぜ助けなかったのか?それは一つの苛立ちに起因するものだったのかもしれない。

もちろん彼の顔面スペックへの嫉妬もあっただろう。
しかしそれより大きかったのは、自分がクラブに行き始めたとき、誰の手も借りず、緊張と絶望の中でナンパをし、あるいはasapenさんのブログを読み漁り、ニール・ストラウスの「ザ・ゲーム」を読みまくって勉強したからかもしれなかった。
友達は、たかがナンパを、単なる女遊びを、僕が面白がりながら教えてくれる、無料のレッスンとでも思っているのか?ということである。
本当にやる気のある人間は、他人から何かを言われて変わるものではなく、自分から何かを変えようともがくものである。教えてもらうという事は、その人の生きてきた時間を、学んだことを、圧縮して受けとれるということだ。教えてもらっているということに、本気で感謝のできない人間を誰が教えたいのだろう。ナンパをして何かを学んできた時間は、僕にとっても小さなものではないのだから。最も大切なものは自分自身の時間なのだから。(それは切り口を変えれば、ナンパした女の子が、自分という人間と一緒にいたいかどうか、にも関わる重要な問題なのだか…。)



朝五時。
うっすらと夜のブルーの残る六本木の空。
クラブを出た僕たちはすでに疲労困憊だった。その日夕方から飲み始めた酒と、非常に高揚したナンパのテンション、そしてなんやかんやと踊りまくってしまった結果、もはや僕も友達も、浦島太郎最後の姿だった。

「どうする?」

そう聞いてきた友達の顔に、「もう疲れたし帰るよな」という片鱗がみえた。
それを見た途端、僕は、身体の奥底で何かのスイッチが入る音を聴いた。友達のその表情を見た瞬間に、地獄の門番としての使命を、僕は急激に燃やしだしたのだ。
クラブの中での、ちょっとやそっとのガンシカでできた、生傷ぐらいでは帰さない。その、あどけない顔をしたイケメン君を、血みどろになって反吐が出て、朝焼けのストリートにのた打ち回るゾンビになるまで、ナンパをさせてやろうと思った。

「お前、ナンパってこんなもんで終わりだろうとおもってるな。ナメてるな?」

「いや、ナメてはないけど。でももうクラブは終わったし、帰ろうぜ」

「は? 今からストリートできるじゃないか」

「え、今から!?まだやんの?嘘だろ!?」

そうしてクラブ前の路上に立つ僕らの目の前を、女の子二人組が通りすぎた。

「…じゃ、あの子らにいってみようか」

「…」

「はやくいけよ!」

ここからが、楽しい楽しいナンパの始まりなのだ…。








その4へ続く。