目の前で価値観も道徳も串刺しにして、初めてナンパを教えた日。〜その1〜

ハッと目を覚ました。
一瞬ここがどこで自分がなにをしていたか思い出せない。
中学校の屋内の非常階段のような場所。ところどころボロくて汚れた壁にリノリウムの床。飾りっけのないみすぼらしい空間に僕はぽつんと座っていた。腕時計を見ると朝の九時二十分を回ったところ。
そうか、僕が階段に腰掛けてまだ十五分しかたっていないのか…。
カラオケの階と階をつなぐその階段の中程で、僕は時間から取り残された廃棄物のようにその時を待っていた。それは、ナンパ師でもナンパ仲間でもない僕の普通の友達が、新宿のしがないカラオケルームで、どこの誰とも知らない女=A子とのセ_クスが終わるのを。
オール明け、ぼんやりとした頭で考えた。今友達がA子にセッセと腰を振っているのか、あるいはまだ交渉しているのかと。

 

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話はさかのぼる。
友達をトイレへ一度行かせ、二人きりになったカラオケで、A子に迫る僕に、彼女は言った。
「私、二人としか付き合ったことないし、経験人数も二人なんだよ?」

彼女は二十一歳だった。

(交渉など必要もないという場面もあるけれど)セ_クスへの交渉は話で進めるのか、あるいは身体で進めるのか?それを決めるのは、僕が提示する性的な領域に相手が答えていくことで証明されていく。ある時は言葉であり、ある時は身体である。
A子は新垣結◯のように身体は細く、肩ほどの長さの茶髪、可愛いというよりも美人系。
デニムのショートパンツからみせる脚、そして状況に戸惑う21歳に、僕は言った。

「逆に二度とこんなことする機会はないかもしれないよ?これも経験じゃない?」

「えー…でも。あ、それに友達は?帰ってくるよ?」

「大丈夫(予定調和さ)」

「いやいや。でも彼氏としかしたくないし」

「なんで?」

「なんとなく…」

「なんとなく?(なんとなくなどイエスの言い換えであって…)」

「…」

言葉が終わりを告げ、身体が走りだす瞬間が来た。
僕はA子のショートパンツを下着ごと脱がせにかかった。
A子は、え、え?と戸惑う。でも結局は腰をサラリと浮かせて、自ら脱がしやすくした。それはまるで炙ったトマトの皮のようにするりと。
そしてA子は、迫る僕から、逃亡を続けることを諦めたようだった。
そしてまた、最後の最後で、言葉でもって自分を納得させるように、こう締めくくった。

「まぁ、彼氏じゃないから、逆にいっか…」

A子の声はか細く、そして、汚いカラオケの壁紙に吸い取られていった。壁はただヤニで黄みがかった以上に、少し黒く染まったようだった。

 

 


終わった。

五分ほどの出来事だった。ある意味でナンパシロウトの友達が、ヘタすると途中で帰ってくる可能性も考えた。だから、結局何も集中できない刹那的な即だった。
A子は床に落ちた、デニムのショートパンツと白いパンツが、ごっちゃにクシャッとなった塊をほどき、粛々と履いた。
僕は心の中でこう思う。少し後にはまた貴女は脱ぐんだよ?と。
A子は口を開いた。

「ね、関西から旅行できてるとか嘘でしょ?」

「…」

僕は一瞬言葉を考えたが、白状した。A子には全てお見通しだったようだ。

「嘘でごめんな、でもおもろかったやん?」

「そうだけどw」

「逆にA子は朝の新宿でなにしてたの?」

「カフェだよ、ほんとに」

「何も隠してない?」

「ないわww」

…後にA子は、僕のしょうもない嘘など凌駕する破壊的な嘘を言い放つことになる…。


が、僕は滑稽にも、即をした事での男と女の優位性、言い換えるならば相手を支配できたという見せかけの安堵の感覚に酔って、目の前の彼女を信じて疑わなかった。

僕は友達が遅いから探してくる、とその場を後にした。A子は僕が部屋を出る直前に言った。

「帰んないでね…」

ふとつぶやいたA子の言葉に、一瞬僕は足を止めた。
A子を見た。僕は言った。

「荷物置いといてるやん、帰らへんわ」

といいながら、もう一人の僕は

「(帰られたら困るのはA子の方だよ、まだ友達の番が残っているから…)」

と腐り果てた一言を、胸にとどめた。
ナンパから少し遠のいていたのに、もはや自分の中で隠していた何かが融け、煮えたぎってきていた。それはナンパを、即を、目的を遂行するための冷静な思考だけれど、同時に全く温度のない、人を人だとも思わない、単なる処理能力に他ならなかった。

友達はトイレの個室で寝ていた。互いに24時間は起きている。
そして交代で部屋へ向かう友達にアドバイスをした。

「もうこんな経験はできないと言え」「貴女がいい女だと思うから抱きたいのだといえ」「全部自分のせいにすればいいといえ」…これらを実際に言ったのかどうかは分からないが、彼はオッケー!といって揚々と部屋に向かった。
そして最後に彼を引き止めて言った。

「経験人数二人なんだ、やさしくな。絶対に無理矢理にはするなよ」

だからなんだ!これでケアしてるつもりか?
チンケな自問自答。いい気になって、誰かにナンパを教えて、これはなんなんだ。
ただのゲームだ、ここはもはやただのナンパゲームの中なんだ!

僕はもうA子の気持ちも、友達の成果も、自分がなにをしているかも考えたくなくなって、非常階段にゆっくりと腰を下ろしたのだった。

何もしなくてもまぶたが落ちてくる。

ああ、眠い。

終わるまで一眠りしよう。

起きたら何かが変わっているのかな。

それじゃ。

さよなら世界。

さよなら…

さよな…ら…

 




その2へ続く。