冷たい世界と温かいユカ。別れまでの話 その4

「また会いたいし、話を聞いてほしい、連絡して!」

そう言って彼女は改札の向こうに消えていった。
初めてセ_クスしたその日、ユカは門限があると言って、21時過ぎには帰っていった。
門限を決めていたのは、紛れも無い、彼女の父親だった。

 


その後、僕は仕事やなんやと忙しく、ユカに連絡をとれていなかった。正確に言えば、とろうと思えばとれたけれど、僕にとって彼女は最優先事項ではなかった、それだけだったと思う。

 

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2月が近づき、寒さが輪をかけて強くなった。

しびれをきらせたのか、ユカからLINEで連絡が来た。

「いつ会える?」

僕は「ごめん、まだちょっとわかんない」と送った。半分は事実だったのだが。

ユカ「連絡くれるっていったじゃん、なんでくれないの?」

僕「ごめんて」

ユカ「ほんとは私のことなんてどうでもいいくせに!どうせセ_クスしたかっただけでしょ、もういいよ!!」

僕「んなことないよ、わかったら連絡するから!」

ユカ「言い過ぎた。。ごめん、〇〇(僕の名前)ちゃんに会いたいよ…」

既に気づいている人もいるかもしれない。僕はここに来てようやく気がついた。ユカはいわゆる、メンヘラなのだと。僕はこれまでそういった依存的なメンヘラ女性に出会ったことがなかったから。
彼女からはその後も、「友達とカラオケ来てる、たのし~!」というLINEや、「早く予定教えて、会いたいよ。なんで?あいたくないの?」と幾度か連絡が来た。

 


今になって思うことは、確かにユカは世間から見ればメンヘラかもしれないけれど、逆に捉えれば、彼女の僕に対して思っていたこと、感じていたことは殆どその通りで、ユカは不安で、繊細で、ただそれをそのまま伝えてしまうというだけだったように思う。ユカにはいい意味で妙なプライドもなく、ストレートに生きているだけだと思うのだ。
それに比べてセ_クスという衝動を抑えきれないで、相手の気持をわざと汲み取らないで忘却をモットーとし、女性に向き合う苦しさを放棄して逃走し、尚も上に立とうとする自分こそが、アンバランスで風塵の如き生き方だったのではないかと思う。それが今はどうかと聞かれれば、独り放課後の体育館でスリーポイントシュートを打っている、そしてそんな自分に心酔する高校時代からの僕のままなのかもしれないけれど。

 


話を戻そう。僕は正直厄介な事になったと思っていたが、いきなり無視することも、拒否することもできず、もう一度会うことにして、彼女を自宅に呼んだ。答えがあるわけでも向き合う強さがあるわけでもなかったが。
LINEでは情緒不安定で、かまって欲しいような彼女は、会うと意外にもしっかりしていて、初めて会った時と変わらなかった。
僕は彼女のために夕飯でパスタを作り、それを一緒に食べた。彼女からは笑みがこぼれていた。そして僕はそんなユカを見るにつけ、横隔膜に水銀を流し込まれたような重みと苦味を感じていき、地元劇団のシロウト俳優のように吊り橋を渡る危うい演技をし続けた。もちろん好意という名の。
そして気が付くと僕らは求め合い、彼女は前回に増して形を失った。なんとなく僕はもう、これが最後な気がしていた…。

キスの価値が、キスすることそのものから、求めていることを表現しあう手段に変わった30分後。彼女は僕にこういった。

「〇〇ちゃん…付き合お」

審判の時が来た。
しかし回答は決まっていた。問題はそれをどう回答すれば最も高得点を狙えるか、それだけだった。僕はユカとは付き合えなかった。付き合えない理由はないけれど、付き合う理由もない、理由なんてそんなものだから。

僕は論旨を不明瞭にしながら、長い道筋にそって付き合えないということを説明し、はぐらかしながら謝った。彼女の顔が見る見る曇っていき、心が固く閉ざされていくのを感じた。

ユカはやっぱり泣いた。でも、ユカの目はお前の前で泣いてやるものかという力を湛えていた…。

ドメスティックバイオレンスに耐え、弟や母を守り、それでも尚も、手首を切ってでも父にかまってほしいと生きているユカ。そんな世界でも笑顔を振りまき生きるユカに僕は手を差し伸べ、彼女のオアシスになり、奢りとエゴでもいいから彼女をそこから正常な世界へ救い出す使命を与えられながら、僕はそれをしなかった。
彼女と付き合わない、ここで別れるということは、普段普通に告白されてそれを断ることとはまったく違う苦しさがあった。

 

僕は自分が好きなのだろう。何かを与えたふりをして、最後は彼女から期待を奪い去り、それでいて自分だけが苦しいなどと。切なさに生きる自分を、僕自身が好きで好きでたまらないのだろう。放課後のスリーポイントシューターは正確にシュートを打てることが目的などではない。誰もいない体育館でボールが床を打つ音の響きに聴き惚れ、そうしている自分が好きで、それをホントは密かに誰かに見ていて欲しい、自分を理解して欲しいだけなのだ。僕は腐ったナルシシズムで今だに生き長らえている…。

 

ユカの温かい体温だけを貪り食って。

 

 

 

 

 

 


おわりに

下記の文章は当時日記をつけていた僕が、その出来事を書き記した物を起こしたものです。
少しブログ用に改変していますが、ほぼ同じ内容です。

1月の終わり、薄曇りの凍えるような日にユカと僕は別れた。永遠に。結局人を悲しませるだけになってしまった。

ユカが最後に言った「元気でね」は、さよなら、そして永久に、という言葉を言い換えたものだと、ユカ自身の目が語っていた。セ_クスはむしろ失うだけの行為なのかもしれない。汗や愛液を垂れ流し消費する。愛はその後に、ふわりと求むる者の前だけに降りてきて、優しく包み込むのかもしれない。

嘘はすぐバレる。いや、バレるのは悪人になりきれない自分だけかもしれない。悪人であるということと、悪人になりきるということは内面は違っても外見は同じだ。 何が、どういう言葉がユカを傷つけるかわからないから、慎重に言葉を選ぶ。しかし自分の選んだ、中身の無い、回りくどい、ごまかしの言い訳に自分で腹が立ち、もはや自分の境遇を恨み、死にたくなるしかなかった。

結局周りのすべての人を裏切り、自分の良心も裏切り、残ったのは彼女が手遊びしてひっくり返したメガネケースだったり、シンクに残った夕食の跡だったり、朧げに耳に残る声の響きだけだった。 声の響き…。

悲しすぎてどうしようもない。一度しか無い人生を心から恨む。人はたくさんいてたくさん出会い、みんな幸せになっていって。

嘘の向こうには何もなかった。