冷たい世界と温かいユカ。別れまでの話 その3

一旦肉体のすべてを解放してしまえば、精神も自ずと解放される。勿論その深さは人によって違うけれど、往々にしてセ_クスする前よりもしたあとの方が解放されるのは、セ_クスを数人経験した男ならわかる話だろう。(男の方はというと案外変わらなかったりするのも、男の中では常識どころか、冷静にすらなるのだが)

彼女が自慰によって融けた。そして時計は夜八時近くになっていただろうか。部屋の明かりもつけないで、スリガラスの窓の外からやんわり入ってくる、街の灯りの中で、僕らは裸のまま布団に潜り込んで話した。優しくユカを抱きしめて、ほどよい肉付きのユカの背中を、たんぽぽの綿毛を滑らすように指先でなでていると、ユカは何故か僕に、優しいね、とつぶやいた。それは僕のセ_クス後の後戯が優しいのかなんなのか、測りかねる言い方だったが、次の一言で僕の朗らかな気分は少し消沈した。

「私、出会い系とかもやってたんだ」

きたきたきたきた、男のロマンをやすやすと打ち砕いて飛び越えるオンナの破壊力。

「・・・へーそうなんだ(震え声)」

自分でいうのもなんだけど、昭和純情青年健全育成委員会出身の僕は、ほんとは聞きたいけど聞きたくない例の質問を、情けなさ覚悟でぶつけた。

「で、出会ってエッチとかした?(震え声)」

「・・・うん、二人くらい」

したんかーい!と心でツッコミを入れつつ、そらするわなー!とすぐさま自分で回収した。この間0.5秒。
しかし彼女いわく、どちらもセ_クスして、はい終わり、というもので、楽しくもなく、気持ちよくもなかった。と、僕の心を読み解くようにフォローしてくれた。そして、今は出会い系してないよ、と。
女はその素直さゆえ残酷だが、その奥深さゆえに救われる。さぁ、ユカよ、次はなんだ?

「初めてエッチしたのは高校の帰り道で、コインパーキングの隅っこだよ」

どこでしてんねん!!どうやってしてん!!

「校内の非常階段でフェ◯もした」

そういう話って嘘だと思ってました!!

「私のお父さん・・・」

え?うそでしょ!?それ行く?その展開いく!?
富士急ハイランドでええじゃないか乗って、てっぺんまで行って落ちる寸前に、許してくだい!!って叫んだことを思い出した。お父さん、お父さん・・・ユカはためらいなく続けた。

「私のお父さん、刑事なの」

ん?思ってたやつと違う。近親なんとかと、違うぞ。

「え、それで?」

「でね、お父さん、出会い系とか取り締まる係なの」

「・・・」

おとん、娘を取り締まれてなーーーい!!

僕はこの世の不条理を十秒というスパンで痛烈に感じた。娘は出会い系で男とセ_クスし、今に至ってはナンパした男とセ_クスした挙句、オ◯ニーを見せて果ててたよ。

「てかさ、なんで出会い系とかやったの?可愛いし、モテるでしょ?やる必要なくない?」

ナンパしておいて僕が言えた口ではないことは、認めた上で再確認。

「わかんない、寂しかったのかも」

「なんかそんな風には見えないけどな」

「・・・あのね」

彼女は急に口ごもった。そしておもむろに左手にしていたままだった腕時計を外して、手首を僕に見せた。そこには、くっきりとリストカットの跡がいくつもあった。ミミズ腫れのように少し膨らんだ手首の傷が。こんなに間近で見るのは初めてだった。

「たまにね、やっちゃうんだ・・・」

「・・・どうして?」

「お父さん、いつも忙しくて中々家に居なくて、たまに早く帰ってきても機嫌悪いんだ」

彼女の父親は、社会での性犯罪をなくすために戦っているのに、ほんとうは娘一人も守ってやれていないという事実に、僕はやり場のない嘆きしかなかった。彼女はそして、続けた。

「でね、お父さん、お酒飲むと怖くてね、お母さんに暴力振るうの。で、それが怖くて、やめて!って止めに入ったら私もいつも殴られるの。お腹とか頭とか殴られて、床に倒されて、頭を踏みつけられるんだ。で、倒れた私のお腹とかを蹴るの。私はさ、やめてとか、ごめんなさいとしか言えなくて・・・いつもなんだ」


僕は、これまで生きてきた世界の終わりを感じた・・・。


小さなハムスターのような愛くるしい瞳、優しげな笑みを浮かべ、おっとりして少しとぼけたところがあって、時には融けるほど乱れるユカ。


ユカは冷たい世界で戦っていたのだった。


その4へ続く。