冷たい世界と温かいユカ。別れまでの話 その2

ユカは出会ったばかりの男の家に足を踏み入れた。正直僕が女だったら絶対にしないのだけれど。

そしてユカが僕の家に足を踏み入れた時点で、僕は彼女とのセ_クスへと事を運ぶことに意識を向け、そこに終息するように事態を選んでいった。ここはいわんや、男の狩り場であり、巣なのである。

ユカが初めてきた部屋にキョロキョロしながら、カーペットに腰を下ろした。ユカは所謂女子座りで座っているのだが、その体重は、地面に落ち着いて据えられている感じではなかった。超電導磁石で浮いたリニアモーターカーのような浮遊感があった。心がまだ着地点を決めかねているようだった。

時間は夕方の五時だったが、僕らはコンビニで買ってきたチューハイを少し飲んだ。また他愛もない話をする。大学のこと、友人関係のこと、そして恋愛のこと…。彼女は大学で友だちが多いようで、プリクラを見せてくれた。それを見るために僕はユカの真横に座る。過剰に近い距離感にユカは動じない。いや気にしていない?
ここで僕の気持ちが確信に変わった。
そしてプリクラには、今どきの女子大学生の群像があった。プリクラ機によって加工された、人が人でないような、ビビッドで巨眼な群像。
僕はそんなどこにでも転がっているような、誰かのプリクラを見つめた。そして僕はユカをゆっくりと見つめた。僕の眼前には何も加工されていない現実の女の子がいる。

フェイズシフト。(正確には当時フェイズシフトなどなく、その時の僕の気持ちのまま接していたが)

そして僕は迫った。彼女の透き通った瞳と、その周りの網膜が見えるような距離に。瞳の奥に宿った少しの悲しみを飲み込むように、僕はキスをした。
彼女は唇を離して言った。

「しないよ…」

僕は彼女のその言葉を聞くか聞かないか、再びキスをした・・・。
その後も彼女は形式的に拒絶する態度を示しつつも、最後には僕を受け入れた。



事が終わった。

ベッドに寝転がり、体が融け合った感覚を味わった。時計は七時だった。外はすっかり暗くなり、窓の外から、街の喧騒が舞い戻ってくるように耳に入ってきた。
すべての世界の様子が行為の前と後では全く違って見える。セ_クスはまさに魔法だと思う。貪り合うという攻撃であり、癒やし合うという回復であり、時間を変容させる時空を司り、全く違う人格を召喚し、悲しみや喜びを呼び寄せて精神を作り替えてしまう。ファイナルファンタジーシリーズの、シリーズ最後のエンディングは、ラスボスと主人公の女性がセ_クスをして世界を作り替える、これしかないんじゃないか?

そしてユカは二時間前まで、僕と僕の部屋に対して、ふわりとした所在なさ気な存在感だったのに、今は僕とベッドのスプリングにすべての重みを投げ出していた。
彼女のやわ肌は、むかし某大手家具店で味わった50万円のマットレスや30万円の羽毛布団よりも、僕を癒し包み込む力があった。
ユカはしかしまだ恥ずかしげにしていた。彼女のつやつやの黒髪をなで、抱き寄せた。少し汗をかいたおでこにキスをした。

ふとユカは顔を上げ、僕の瞳を見つめて、重い岩をこじ開けるように、ぎこちなく、ためらいながら、小さな声で言った。

「…ユカもイッていい?」

それなりに女性を相手にしてきたと思っていた僕に、意味を捉えるには不十分すぎる提案だった。

「え? もう一度する?」

「…ううん、一人でするから見てて。あたし…長いけど」

そういうと彼女は自分で自分を弄り始めた。
彼女は肺をめいいっぱい使って息をし、短く呼吸をつないでいく。
僕はあっけにとられた。
僕の巣、狩り場の支配権と、その場を制した感情が一瞬にして彼女に飲み込まれたのを感じた。首を切られたシシ神様の粘液がどっと流れ込んできたようだった。目の前で始まった狂宴とも言える事態に、僕はただ情けなく彼女に触れることで参加させてもらうしかなかった。それもまた空気を掴むような手応えのない、文字通り「参加」であった。

中学校の学期末の大掃除の日に大遅刻をした。
学校に来るとみんな既に持ち場に分かれてそれぞれに掃除をしていた。先生が見当たらない中、何をやればいいかもわからずにおどおどした。友人に聞いても「先生に聞けよ」と言って取り合ってくれない。でもみんなからは早く掃除しろよ、というプレッシャーがかかっていることをひしひしと感じる。
徐々に息を荒らげていくユカ。勝手に進行する状況についていけなくて、そして何をしていればいいのかという、その落ち着かなさが僕を襲う。

僕の存在は、一方だけが快楽の超新星のように世界を膨張させていく中で、それに飲み込まれて消え入る屑星のようだった。

ユカは目の前で15分ほどもそうやって僕を置いてけぼりにした。やがてユカは全身にぐぐっと力が入ったかと思うと、大きく息を吐き、熱い鉄板に載せた
バターのように溶けて、だらんと果てたのだった…。


群像の中にいた19歳のユカは、僕を主人公にした物語から、自ら主人公になる道をここから切り開いていくことになる…。本当の世界の冷たさは季節で終わることなく、残酷なのだと、僕は思い知ることになった。




その3へ、つづく。