新宿初即物語 ~Sex in Wonderland~ その4

僕は彼女とキスを重ねた。薄暗いカラオケボックス
背中に手を回し、彼女を抱き寄せた。彼女は美しいスプーンのような背筋だった。僕に身を委ねてくる彼女。
ただ、燃えるような情熱が互いにぶつかりあっているというよりも、彼女は、僕に融かされる氷のように徐々に形を崩していくようだった。

そして彼女から唇を離せば、ここはカラオケボックスだという現実が常に僕の頭の中を巡った。ガラスの向こうの廊下にはこことは違う意味を持つ空間があるのだ。そんなことを振り解こうと、僕は水色のワンピースの下から彼女の秘部に手を伸ばす。肌色のストッキングと小さなすべすべした下着、そして…。

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(挿絵〜不思議の国のアリスより〜)



僕は彼女を融かしていく。融けた彼女の液体は、そこからほろほろと漏れ出してくる。彼女は静かだが、カラダを震わせていた。

我慢できなくなった僕は言う。

「舐めて」

「…私ヘタだよ」

そういいながら彼女は僕から唇を離した。僕はベルトを緩めファスナーを下ろし、パンツとズボンを下げて彼を出した。

カラオケで初めて彼を出した。

僕はシラフ全開でカラオケで彼を出している。何だこれ。しかし彼女は躊躇なく、僕のものをゆっくり口で包み込んだ。そして確かにぎこちないながらも、ゆっくりと上下に顔を動かし出す。とても優しく。
ヘタじゃないじゃないか。彼女の内気さが、今度は炎に変わり、僕が融かされ、まどろんでいく。
カラオケボックスの妖しい暗闇と異空間のようなおしゃれな内装、壁紙。おとぎ話のようなこの瞬間。

…アリス。

ほんの1時間前まで他人だったアリス。
美容室を探していただけの、都会のアリス
ヴェンダースの映画…小さなロードムービー。ストナンでの出会いは、行き先のわからないほんの小さなロードムービーなんだ。僕は東京に来て以来、どこかさみしさを抱え、でもやり場がなく、さまよい、いつものホームへ帰る毎日。すれ違う人が多ければ多いほどそのさみしさは僕を締め付けたのだった。こうしていることが答えなのか、それは…。



そして、一体彼女が何を考えて僕のものを舐めているのかはわからない。わからないけど、実行された現象だけがただここにあって、これがナンパなのだ。即なのだ。

「いれていい?」

僕はもう我慢できなかった。

「いいよ。」

そう言う彼女。ゆっくりと上体を起こし、彼女はストッキングを脱ぎ出した。僕は財布からゴムを取り出しコソコソとはめる。僕のモノは興奮と緊張の間で絶妙な状態だった。決してベストではない初めての状態。分身たる「彼」もまた戸惑っているのだろう。
彼女はストッキングと白のツヤっとした下着を足首まで下ろし、靴と一緒に脱いだ。薄氷のように透明感のある美しい肌、足首からふくらはぎへと続く、細くしなやかな脚の曲線。

カラオケボックスの黒いリノリウムの床に、脱皮した抜け殻のような下着とストッキングを僕は見た。

僕がソファに座り、彼女を僕の上にまたがらせた。開いた花のような水色のスカートの中は見えない。彼女はゆっくりと僕をまたぐと腰をおろし、僕は彼女の腰に手を回し結合する部分へ誘導した。入口を探り当て、そして、遂に、彼女の中へじわじわと僕のものが入って行くのを感じた。そして彼女は自ら腰を動かし始めた。うっすらと甘い吐息を漏らしながら僕に抱きついてくる。僕も抱き締める。スカートの下に手を回してお尻を掴み僕も彼女のグラインドを促す。そして深くキスをする。逃げきれなくなった吐息が、彼女の喉の奥で小さく、んっんっ、という。見かけはワンピースを着た女が男の上にまたがっているだけだが、スカートの中はしっかりとつながって離さない。

…でもやはり僕は、どこか上の空だった。またがった彼女の肩越しにはカラオケの廊下がガラス越しに見えていた。いつ誰が通り、誰が間違えてドアを開けてもおかしくない状況。斜めとなりの部屋からは少し前の流行りのポップソングが漏れ出していた。集中なんてできるわけが無い。確かに気持ちはいい。けれど、満たされたいはずの心の中の容器には、常に快楽の液体が注いでいるのに、どこかに穴があいていて決して一杯にならない。雑念が矢のように注ぎ、いてもたってもいられない。

今、僕は楽しいのだろうか。いや、楽しいという形容詞が全く当てはまっていない。じゃ愛しているのだろうか。まさか。求め合っている?確かめ合っている?繋がっている?答えが見つからない。彼女も同じように感じていると思った。これが果たして集中できないことが原因なのか、彼女と僕の問題なのか、実は問題などない、慣れればいいだけのものなのか。


5分程だったろうか、僕は発射することにした。僕は事を終わらせた。

彼女は入れた時と同じようにゆっくりと僕から離れた。僕はゴムをどうしたか覚えていない。床には捨てなかったと思うが持って帰った記憶もない。彼女はすぐに床でクシャクシャになったストッキングとパンツを拾い上げて、何事もなかったように履きだした。僕もズボンをあげ、ベルトをした。淡々と帰り支度を始めた。

あるはずの物がなかった。これまで、出会い系でも、もちろん彼女相手でもほとんどの場合あったはずの物が。

…愛しさの余韻。

彼女が果たして笑顔だったのか、すましていたのか、今は何も思い出せない。ただ事を終わらせた、その事実だけがあった。

携帯を見ると時間は11時過ぎだった。たった二十分の出来事だった。しかし僕がソラニンを歌ったのが、別の世界の話のようだった。

アリスとのワンダーランドが終わりを告げていたのだった。

「忘れ物、ないよね」

そう言って僕たち二人は部屋を後にした。

そしてカラオケを出て喧騒の歌舞伎町を抜け、彼女を駅まで送った。あまり話さなかった。

彼女は最後まで何か不思議な、静けさに満ちたテンションで、改札の向こうに去っていった。まるでナンパなんかされそうにない静けさを纏っていた。

 

 


即。

 

遂に目標としていた即ができた。シミュレーション通りに。


しかし、果たして、僕は彼女を誘ったシロウサギだったのだろうか?彼女が迷い込んできたのだろうか。この新宿という街が迷宮なのか、カラオケの中が迷宮なのか、僕の心の中がそうなのか。
そして、時計は11時半を回っていた。

あ、そうだ、忘れていた。そろそろ出ないとな。僕は六本木のクラブに向かった。